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2007年10月

■小野篁外伝 Episode 3 未来への帰郷

そろそろこのエピソードもクライマックスを迎えています。
どのような結末になるのでしょうか…

今回はちょっと長めのエントリー。

…………………………………………………………

― 幼い頃より、いつも何かが欠けているようなこの満たされぬ想い。
なぜなのでしょう… 
いつも夢に現れるあのお方… 
あのお方が原因なのでしょうか… 
お会いしたこともない殿方に恋をしているのでしょうか。
いいえ、決してそのような気持ちではありませぬ。 
例えて言えば…
あの方は私の体の一部のような、そのような気持ち…

……………………………


その男は都の大通りを、弓矢を装着した狩装束で馬にまたがり、人通りを掻き分けるように進んでいた。
切れ長で睫毛が長く黒目がちの瞳は、それだけを見ると女のように見える。しかしその下につづくシャープな輪郭と形の良い鼻、引き締まった口元が男らしさを際立たせている。

「今日も山に狩に行ってたようだな」
「毎日遊び歩いているようにしか見えんな」
「学問に秀でた家柄に、何故あのような人が生まれたのかなぁ」
「捨て子だったのを拾って育てたという噂も、誠かも知れぬぞ」

町の男たちは彼を見ると、眉をひそめてコソコソと囁きあった。

「いつ見ても凛々しいお姿だこと」
「この世の人とは思えないほど美しいお顔…」
「見かけによらない荒々しさがたまらない…」

男たちとは違って、町の女たちは彼を見ると皆うっとりとした。

一人の娘が勇気を出して馬上の男に近づき言った。

「あの… これは私が作ったおはぎですが、食べていただけますか?」

男は馬から降り立った。
身長188cm。その当時としては考えられないほどの大男であった。
しかし引き締まった体と小さな顔は絶妙のバランスがとれており、不自然さは少しも無かった。
恥ずかしげに頬を染め男の顔を見上げる娘の目を真っ直ぐに見て、男は微笑を浮かべ優しく言った。

「うまそうだな。ありがとう」

普段は冷たいような印象を受けるほどの整った顔だが、微笑むと女の心をとろけさせるような魅力的な甘さが加わる。
娘は頭がぼーっとして倒れそうになった。

その男の名は小野篁。
まもなく二十歳になろうとしていた。


「父上、今帰りました」

篁が声をかけると、父岑守はしばらく彼を見つめて、お決まりのセリフを言った。
「篁よ、弓や武術に励むのも良いが、お前は長男なのだから、そろそろ私の跡を継ぐことも考えて書生として宮中に仕える試験を受けてはどうか?」

「またその話ですか?いつも言うように俺には学問は性に合わないのですよ」
篁が答えると、父はやれやれという風に、何も言わず目を伏せ、小さく首を振りながら仕事に戻った。

―顔を合わすたびにあのようなことばかり。親子だと言うのにどうしてこうも性格が違うのだろう。
篁はひとつため息をつき、とりあえず風呂に入って汗を流すことにした。
その時、突然いつも彼が身につけているお守り袋が、ぶるぶると震えだした。
一体何事かと取り出してみると、袋をとおして中の玉が光っているのが見えた。
袋の中を覗くと、光る玉と一緒に折りたたんだ紙が入っていた。

―これは何だ?こんな紙、今まで入ってなかったのに… おや?何か書いてあるぞ。
篁はその紙を取り出し読んだ。

― …我が子篁よ。主に告げることがある…
(なんだ?父上が入れたのか?)
…赤子の折、岑守に預けし日より数えて早二十年が経とうとしている。 
(なんだって?預けた?) 
…主は岑守の子ではない。一度我に、真の父に、立派に育った姿を見せよ。
明日の夕刻こちらの世に呼び戻す。
必ず狩の姿で待っておるのだぞ。
何が起こっても驚くでない…
(この文はなんだ?まことの父上とはどういうことだ。)

篁は光る玉をつまみ上げ、不思議そうに長い間見つづけていた。


……………………………


「小野博士。我々に協力する気になりましたか?」
乱入してきた男のひとりが、この研究所の所長に聞いた。

「とんでもない。お前たちに協力すればどんなことになるか目に見えている。
自分たちの都合のいいように過去を変え、好きなように金儲けをするつもりだろう。
いや、それどころか世界征服だって考えているはずだ。そうだろう?
俺の気持ちは変わらない。さっさと帰ってくれ!」
所長は吐き捨てるように言った。

「そうですか、仕方が無いですね。では力ずくでも協力してもらいますよ」
男は拳銃を向けた。

「俺を殺せばこの装置は動かせないぞ。操作に関する大事な部分は、俺の頭の中にしか残していないからな」
「それじゃぁ、協力するまでこの研究所は我々が封鎖し、あなたには我々と一緒に来てもらいましょう」
男たちは所長の腕を両側から掴んだ。

―まだか。もうそろそろのはずだが…

所長がそう思った時。時空間転移装置がブーンと小さな音を立てた。
中に人影が現れた。
映画の撮影所から抜け出したような、中世の狩装束のいでたちをした若い男だった。

「…ここはどこだ?…夢の中か?」
装置から出て若者はあたりを見回した。

「篁か!助けてくれ!俺はお前の父親だ!」

所長が大声を出したので、ぽかんとしていた侵入者たちも我に返り、その若者に銃を向けた。

若者は装置の影に飛び移った。『殺すな!』という所長の声を耳にした時には、すでに目にも止まらぬ速さで男たちの数だけの矢を放っていた。

矢は銃を握った男たちの腕にみごと命中していた。
若者は腕を押さえ呻く男たちのみぞおちに拳を当て、残らず気絶させた。

「見事だ篁よ!それにしても立派になって。
本当に俺の息子なのか?さっきまで赤ん坊だったのになぁ…」
小野博士は過去から呼び戻した実の息子を見つめた。

「何を言っておられるのか訳が分からぬが、そなたが袋に文を入れたのですか?
しかし、ここはどこなのです?奇妙なところだが…」

篁の問いかけに博士は答えた。
「そうだ。俺が手紙をお守り袋の中に転送したのだ。
そしてここはお前が生まれた時代だ。お前は1200年の時を超え、たった今戻ってきたのだ」

篁は首をひねった。
「まだ良く分からぬ… もっと分かるように話してくださらぬか」
「そりゃそうだな。長い長い話をしなけりゃな。
それよりもこいつらを何とかしないと。ちょっと手伝ってくれ」

博士は気絶している男たちを紐で縛りあげた。

「もうこれで安心だ。まさかこんなにうまく行くとは想像以上だった。篁よ本当にありがとう。
後は明日お前の双子の妹が戻ってくるのを待つだけだ。
篁よ妹も元気か?」
博士はすべてが首尾良くいった安堵感と、子供たちにとっての20年という長い歳月を想い、涙をこぼしながら尋ねた。

「妹?…何のことですか?俺には双子の妹などおりませぬが」

篁の返事に博士は愕然とした。
「なんだって!大変だ… 
やっぱりたとえ赤ん坊でも二人一緒には転送できなかったのだ。
それじゃ、あの子はどこに行ってしまったんだ?
あぁ、俺はえらいことをしでかしてしまった…
しかしまだ望みはある。あのお守り袋を持ってさえいてくれたら、明日戻ってくるはずだ… 
とにかくそれを待つしかないな…」

そばでキョトンとしている篁に気づき、博士は言った。
「心配していても始まらない。とりあえずお前に分かるように話をしよう。
長い話になるぞ。お前の話も聞かせておくれ。
時間はたっぷりある」


………………………


翌日。
間もなく妹が時空転移装置に戻ってくるであろう時刻。
昨夜一晩中かけて、博士は子供たちを過去に送った経緯や双子の妹のこと、亡くなった実の母親のことなどを篁に詳しく話して聞かせた。

「とても信じられぬ話ですが、大体のことは分かりました。
言われてみれば、子供のころから周りの世の中になぜか馴染めない思いがしていたのも、そのためかもしれませぬ。
ではそなたは…いや父上は、これから俺がどのような人生を歩むかも知っておられるのですね。
教えてくださらぬか?」

博士は首を横に振った。
「それは教えられない。一旦こちらに戻ったからには、未来を教えて返す訳には行かないのだ。
お前はお前の思うように生きればいいんだ。なるようになるから。
ただ、帰ったら学問には励むようにしろよ。そういう運命なのだ。それだけは言っておいてやろう」

博士がそういい終わった時、装置が小さく唸りを上げ、人影が現れた。

妹か、と二人が見ると、現れたのは粗末な着物を着た若い男だった。

「誰だお前は?」
博士は聞いた。

「はぁ~。そいつはこっちが聞きてぇよ。あんたら誰だ?そんでここは何処だ~?」
現れた男は驚いて目をまん丸にして、のんびりした口調で答えた。

「もしかしてお主、玉の入った錦織の袋を持っているのか?」
今度は篁が聞いた。

「あぁ、袋はねぇけどこれだろ?ゆんべこの玉が震えたり光ったりするんで、おかしいとは思ってたんだ~」
男が答えると、篁が恐い顔で睨みつけた。
「お主その玉をどこで手に入れた。まさか妹に何かしたのではないだろうな」

男は怯えて答えた。
「こ、これはずっと昔に見つけたんだ~。おらがわらべの頃だから、もう20年も前になるかな~。不思議なことがあったんだ~。柿木の上によぅ、赤子がおったんだ~。鳥にでも突かれたらいけねぇと思って、おらが下ろしてやったんだ。
そん時、助けてやったお礼代わりに袋の中のきれいな玉を貰ったんだ。もちろん赤子がくれたわけじゃなく、おらが勝手に取ったんだけどさ。でも、それぐらいいいだろう?命を助けてやったんだから」

その先を博士が尋ねた。
「まぁいい。それより、その赤ん坊はどうした。今どこにいるんだ?」

「そん時ゃ、持ってた袋に『小野なんとか』って書いてたんで、てっきり小野様に関わりがあると思ってお屋敷に連れて行ってやったんだ~
そしたら小野様も驚いておったけど、『神が授けてくれた』とか言って喜んでおいでじゃった。大きなお屋敷じゃから幸せに暮らしているんではないかのぅ」

男の話を聞いて、篁が大きな声を出した。
「おぉ!思い出したぞ。その話なら知っておる!」

「なんだ、篁、お前知っているのか?」
博士が聞いた。

「確かおれが13歳の頃、父上に… あちらの父上に連れられて陸奥の國におったときに聞いたことがある。…そうか。その子が俺の妹であったか。
しかしおかしい… 双子なら同い年のはずだが、その時たしか5,6歳の女の子だと聞いたが…」

「俺も良く分からんが、無理して二人同時に送ったため、妹だけ違う時と場所に転送されてしまったのかもしれない。」
博士の言葉に篁は納得したようにうなずいて、つづけて言った。
「それではとにかくこの玉をその子に渡しに行けばいいのですね。
俺が行ってきます。父上、俺をその時代のその場所に送り届けてください。」

「お前はなかなか理解が早いなぁ、さすが俺の子だ。俺も今そうしようと考えていたところだ。三日もあれば探せるか?…そうか。それなら三日後に呼び戻すようにこの玉をセットしておこう。必ずそれまでに妹を探し出してこの玉を渡してくれよ。お前もその少し後から一旦こちらに呼び戻そう。
そうだ、5つや6つじゃ事の理解ができないだろうから、それから10年後の15,6歳のころにしよう。頼むぞ篁。」
博士はそう段取りをすると、まず関係ない男を時空間転移装置に入れて過去に送り返し、次に篁を過去の妹のところに転送した。


………………………………


娘は野の花を摘んでいた。
年の頃は15,6歳。
黒目がちの切れ長の大きな瞳に二重まぶた。長い睫毛が愛らしい。
遠くの村でも評判になるほどの美しい娘であった。
いわゆる日本的美人ではなかったが、異国の人形のような可憐さが年頃の男たちの心を引いた。

―後ろから誰かが近づいてくる。男の人かしら。声をかけられたら嫌だから、振り向かないでおこう。

娘は男が恐かった。
自分を見る目の奥に、何か恐いものを秘めているような気がしていた。
それが男の欲望だということは知る由もなく、ただ自分の顔が他の女の人とは違うため、好奇の目で見られているのだと思っていた。

「もし、そこの娘子よ。」
― やはり声をかけてきた。聞きなれない声… でも何故か懐かしい、心地良い響き…

「そなたは錦で織られた小さな袋をもっておらぬか?」

「えっ!」
親以外誰も知らないはずのことを聞かれ、娘は思わず声を出して振り返った。


(つづく)

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いよいよ来週がこのエピソードの最終回です。
どうぞお楽しみに!(…してる人がいるんでしょうか?ブログの設定が悪いのか、コメントが書けないようです)
感想などはこちら→amana事務局までお寄せください。
よろしくお願いしまーす(^-^*)ノ

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■小野篁外伝 Episode 3 時空を旅する(その2)

「こら、篁!お前ももうすぐ元服の歳だというのに、いつまでも子供のように山野で遊びまわっておるでないぞ。少しは勉強をしないか。」

岑守はため息をついた。
都では同じ年頃の者たちと徒党を組んで悪さばかりするので、赴任先の陸奥の国に一緒に連れてきたものの、相変わらず遊んでばかりの息子にほとほと手を焼いていた。

「父上。机の上で学ぶだけが勉強ではないですよ。俺は武術で出世するから心配しないでください。」
篁このとき13歳。すでに身長は父を超えており、人並みはずれた美少年に育っていた。

「それより父上、ちょっと面白い噂を聞きましたよ。」
「どんな噂だ?」
「この山を越えた里に小野の血筋の人たちが住んでいて、そこに神から授けられたという女の子がいるらしいのですよ。」

「何だって!」岑守は大きな声を出した。
―世の中には似たようなことがあるものだなぁ。
おぉ!そういえば篁が家に現れたとき、文に双子がどうとか書いておったな。
何か篁と関わりがあるのだろうか。

「そ、その子の歳はいくつだと言っておったか?」
「確か5つか6つだとか… どうしたのですか?そんなに驚いて。」
「あぁ、いやなんでもない…」

―思い過ごしか。双子ならば同い年のはずだ…

岑守は篁に出生の秘密も、双子の妹がいるのかもしれないということも話したことはなかった。

「父上。俺、その話を聞いたときに、何故か妙な気分になったのですよ。」
「どんな風にだ?」
「説明はしにくいのですが、すごく気になるのです。元気なのか、幸せに暮らしているのかとか。まるで大事な身内のことのような気持ちになったのです。」

岑守は返事ができなかった。
―その女の子が双子の妹であるはずはないが、篁には何か感じるものがあるのだろうか。
げに双子とは不思議なものよのう。


………………


里の子供たちが遊んでいると、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
どこからかと辺りを見回すと、なんと柿の枝に引っかかるように産着にくるまれた赤ん坊が乗っかっていた。

「わぁ!あんなとこにおるぞ!」
「降ろしてやらないとカラスにつつかれるぞ!」
「よし!おいらが助けてやる。木登りなら任しとけ!」

子供たちが口々に叫ぶ中、一番わんぱくそうな子が器用に柿の木に上り、赤ん坊を抱き上げた。
見ると首にきれいな小袋が下がっている。

―なんだろう、この袋は?なにやら字が書いてあるぞ。
あぁ、分かる字があるぞ。
おの…なんとかって書いてある。
あれっ。袋に何か入ってるぞ。
わぁ!なんだこれ?きれいな玉だなぁ… これはおいらがもらっておこう。

子どもは木の上から大声で言った。
「お~い!この赤ん坊、小野って書いた袋を下げているぞ。みんなで小野様の屋敷に連れて行こう!」
木の上の子どもは、もう一度こっそり手の中の玉を見て、うれしそうに微笑んだ。

時は西暦809年。奥州、七里ヶ沢(現在の福島県)でのこと。


………………………


男は赤ん坊に持たせるお守り袋をもう一度確認した。
はるか昔の我がご先祖様「小野妹子」生誕地と言われる、琵琶湖の側の『小野神社』まで行ってもらってきたものだ。
男はお守り袋の中に入れたものを見た。
実はこれは時空間転移装置の受信機のような機械であった。

―なかなか神々しい玉じゃないか。これを持たせておけば、またお前たちをここに呼び戻すことができるのだ。絶対なくさないでくれよ。
子どもが二十歳になった時、この玉の入ったお守り袋を身につけていれば、こちらの世界に呼び戻せるようにセットしてある。
いきなり呼び戻されても混乱するだろうから、その前日にお守り袋の中に手紙が入るように転送しておいた。その時にこの玉が光って振動するような仕掛けもしておいた。
手紙には何があっても驚かないようにと、神のお告げのような雰囲気を出して書いておいた。
完璧だ。
これで何の問題も無いはずだ。


時は、双子の赤ん坊を過去の世界に送り出す前日のこと。

(つづく)

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■小野篁外伝 Episode 3 時空を旅する

このお話は、もう隠岐も海士も関係なくなってきました。
それどころか、史実とまったく関連さえしないです。
それでもよければ、どうぞお読みください。

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―おや?またこのようなものが。

その屋敷の主人は部屋の中央に落ちていたものを拾い上げ、首をひねった。

それは錦織の小さな袋で、金の刺繍で『小野神社』と書いてあった。

―一体どういうことだ。昨日は赤子が遊ぶ木のおもちゃのようなものが落ちておったが… 
しかしこれは、なんとも綺麗な袋であるな。ここに書かれた字はどういうことだろう。小野というのは我が名に関わりがあるのか?神社とはなんだ?神の社… 神の住まわれる所ということだろうか。
中には何が入っておるのだ?文(ふみ)のようだな。なになに、「わが子を授ける。そなたの子として育てよ。」…

何と!どういうことだ。全く訳が分からぬ。

(まだ現在のような、神社も錦袋に入ったお守りも存在しない時代のことだった)

 
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「よし準備O.Kだ。あとは運を天に任せるしかない。」

不安で押しつぶされそうになる本心を誤魔化すように、男は声に出した。
男は科学者であった。
人類史上初めて物体を時間を越えて移動させる装置を発明し、実際に今その装置を使ってあるものを過去に転送したところである。
時間を移動させるといっても、未来には転送できない。ここにある本体の中に入れたものを過去に転送させることと、転送したものを過去からまたこの本体に戻すことしかできない。

我が子である双子の赤ん坊を危険な状況から逃れさせるための準備を終えた男は、もう一度計画を反芻した。

―子供たちを送り届ける時代は平安時代初期。
なるべく平穏な時代でできるだけ遠い過去のほうが良いから。なぜなら確かな史実が残っていないほどの遠い昔ならば、多少の歴史の変化も未来に影響が少ないだろうし。
そして… もうひとつは… 
これは許されないことかもしれないが、歴史に名を残す人物として生きてもらうこと。
なぜなら、歴史上の人物ならばその後の人生が後世まで伝わっているだろうから、子供たちの生きていく足取りが分かりやすく、再び会えるかもしれないので。
しかし、そんなことが可能だろうか。
これは賭けだ。
だが子供らよ俺を信じろ。もしも歴史上の人物になれなかったら、なんとかしてなれるように俺が手伝おう。
しかしその必要は無いだろう。なぜなら、今の時点ではまだ子供を過去に送っていないが、近いうちに必ず実行する。
ということは、今現在でもすでに子供が過去に行っているはずだ。ということは、それからすでに千年以上経っているという訳だ。

もう何度も復習したことだが、いつもこのあたりで男は頭が混乱し、不安になる。なにしろこんなことを今までにやった人間はいないのだから仕方が無い。

―息子は彼になれるはずだ。
そして俺が知っている彼の人生を歩むのだろう。

その歴史上の人物の名は「小野篁(たかむら)」
彼を選んだ理由は、時代もピッタリだし、不思議人間として名を残していた男だから、多少無茶をしても大丈夫だろうということ。
それに何より俺達も小野一族の端くれらしいからな。死んだじいちゃんがいつもそう言ってた。
娘の方は別に有名人にならなくて良い。兄貴のそばに居ればすぐに探せるし。

男が子供たちを転送する事前準備として行ったことは、篁の父、小野岑守の屋敷に子供たちを送る前に、突然現れた赤ん坊を岑守が育てざるを得ないように仕向ける小道具を転送することと、後に子供たちに会えるような仕掛けをしておくことだった。


………………………


小野岑守は赤ん坊の泣き声で目が覚めた。

昨日の奇妙な手紙入りのお守り袋のことを思い出し、急いで泣き声のする部屋に向かった。

そこには本当に赤ん坊がいた。赤ん坊の首には昨日と同じお守り袋がかかっており、そこに手紙が結んであった。

岑守はあっけに取られながらその手紙を読んだ。

―この子らは小野一族の血を引く双子である…兄は大人物になる者である…心して育てよ… 

またこのような文が。

しかし一体どこから来たのだこの赤子は。

しかし妙であるな。双子と書いてあるが、一人しかいないではないか。

小野岑守は手紙の続きを読んだ。

―この男子の名は篁。身につけた袋は肌身離さず持たせよ。中に入りし玉はこの子を生涯守り通す力となるであろう…

ふ~む。これは誰かのいたずらか?どれどれ袋の中とな… ほんに何やら美しい玉が入っておるわ。石のようでもなく鉄のようでもなく、これはこの世のものではないようだ。

えらいことになった。真に神が授けてくれた御子かも知れぬぞ。―

後に『日本後紀』の編纂にも関わったほどの学者である小野岑守(みねもり)は、素直にこの運命を受け入れることにした。

時は西暦802年のことである。

(つづく)

この物語はフィクションです。(いちいち言わなくていいか^^)


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■小野篁外伝 Episode 3 旅の始まり

新しいエピソードの始まりです。

だんだんと海士町とは関係なくなってきますが、その点はご勘弁願います。

……………

霞がかかったように視界がぼんやりとしている。

夢を見ているのか、現実なのか、それとも記憶の中をさまよっているのか…

遠くかすかに人の後姿が浮かび上がった。男のようである。

―ああ、またあのお方が…

もう少し側に行きたい、こちらを振り向いてほしいと思うが、どうしても近づくことができない。

その時ゆっくり男が振り返った。

今日こそ顔が見られるとハッとした瞬間、男の姿は消えていた。と同時に視界を遮る霞も消え去ってい
た。

―やはり夢だった…もう何度同じ夢を見たことでしょう。あのお方は一体どなたなの?今、特に恋い慕うお方がいる訳でもないというのに…でもとてもよく知っているお方のような気がする…もしも現実におられるお人であるならばお会いしたい……

……………………


時は西暦20XX年。

ある研究所の一室で、男は一心不乱に作業を続けていた。

男はこの研究所の所長。とは言っても他に研究員がいるわけではないが。

―急がねば、もうすぐ奴らが来る。どんなことがあっても奴らにこの装置と研究資料を渡すわけにはいかない。

奴らはきっと過去を自分等の好きなように変えてしまうだろう。過去を変え、未来を変えることは絶対にしてはならないことなのだ。

それを守るためならば、俺はこの命を引き換えにしても良い。

しかし奴らも、命まで奪うわけにはいかないだろう。一番重要な部分は俺の頭の中にしか残していないのだから。


男はこれまで長い年月をかけて研究してきた『時空間転移理論』を実際に人間に応用する装置を、間もなく完成させようとしていた。

男は目を傍らに向けた。そこには生後数ヶ月の双子の赤ん坊が、ベビーベッドの中でスヤスヤと眠っていた。

男の子と女の子の二卵性双生児。この子たちの母親はもういない。

かなりの難産で子らの母親の生命力はほとんど残っていなかったであろうに、研究に明け暮れる夫の邪魔をしないようにと子供たちの世話を一人で頑張った。

その無理がたたったのか、乳離れが済んだ頃この世を去った。

―不憫な子供らよ… お前たちの母親が死んだのは俺の責任だ… そしてこの先お前たちにはとんでもない未来が待っている… 

男は嗚咽を漏らしそうになった。

男は間もなく完成する『時空間転移装置』で子供たちを過去の世界に送るつもりだった。

なぜなら、自分の命は奪われないにしても、この子らに危害が及ぶ恐れがあったし、自分を脅迫するために利用される可能性があったからだ。

まだ未完成の、実際に人を使った実験もしたことが無い機械を我が子で試すことには、絶えられないほどの抵抗があった。

しかし今後に重要な役割を持つ「あるもの」や装置の転送にはすでに成功している。…と思う。

「と思う」というのは、それを確かめるすべが無いからである。ただ成功したと信じる以外になかった。

―子供たちよ、必ずまた会える。そのための準備はちゃんとしてある。じきに会えるんだよ。

ただし、再会するまでにはお前たちにとっては長い月日が必要だが… 

この父を許してくれ。そして…助けてくれ… 

その時、非常警報の音が響き渡った。

―しまった!奴らだ。思ったより早かった。

もうほとんど完成しているが、問題は二人同時に転送できるかということだ。

しかし一人ずつ送っている時間はもう無い。

男は子供たちを機械の中にそっと入れた。

―お前たちがこれから行くところは、1200年以上も昔の遠い遠い過去の世界だ。

でも心配するな。一応俺たち小野家のご先祖様の家だ。言わば遠い親戚にあたる訳だから、きっと大事に育ててくれるさ。事前にちょっと仕掛けもしてあるしな。

それと、これはお前たちにとってすでに定められた運命でもあるのだ。だから過去は変わらない。

つまりその後の未来も変わらない…はずだ。俺の考えが間違ってなかったらだけどな。

男は子供たちにお守りを持たせ、『時空間転移装置』のスイッチを入れた。

子供たちの姿が機械の中から消えた。そしてその直後、数人の男が研究室に乱入してきた…


(つづく)

この物語はフィクションです。(当然ですが^^)


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■小野篁外伝 Episode 2 後編

<先週のつづき>

篁は自ら都を追放されることを選んだのであった。

彼は都の貴族たちの暮らしぶりを見るにつけ、なんともやりきれない気分にとらわれていた。

たいした仕事は何もせず、男も女も愛だ恋だと何の役にも立たない歌を詠み、優雅か風流か知らないけれど、日がな一日自分の欲求を満たすことだけ考えて遊んでいる。

-あんな奴らにこの国を任せていてはいけねぇや。

篁は、驕り高ぶる上級貴族たちに変わって、この国の政治を動かせるような人物を育てたいと思った。

篁自身、上流階級に属していたわけだが、元々小野氏の血筋を引いているわけではない。

未来の世界に住む実の父親がやむにやまれぬ事情により、平安時代の世にさかのぼり幼い二人のわが子(男の子と女の子)を小野氏に預けたのであった。(この辺の事情は別のエピソードとして書くつもりである)

そのことを知ってからは、篁自身には上流貴族であるという自覚が無い。

若い頃からの型破りな言動に『野狂』と呼ばれたのもそのせいでもある。

しかし、身長180cmを軽く超える凛々しく美しい若者に成長した篁は、何をしても人を感嘆させ、特に若い女には非常に人気があった。

ついでに言うと、同じ時未来から連れて来られた実の妹も、兄と同様この世のものとは思えないような美しい女性に成長していた。

ただし彼女は訳あって今はどこに暮らしているのか分からないのだが…。


篁は貴族中心の社会がやがて終わることを知っていた。

政治の中心も京から関東に移るということも。

あまり未来を変えるようなことをするなと科学者である実の父に言われていたので、あえて歴史の流れに沿いながら、自分の好きにしようと考えた。

そこで彼は、誰もがいろいろな学問を学べる場所を、関東に造ろうと思った。

今のような学校という概念は無かった時代に、総合的な学問を学べる場所を造ろうというのは、篁だからこそ考えついたことである。

しかし、京にいる自分が関東に学校を造れるわけが無く、たとえ今までのように、夜な夜な人目を忍んで寺の井戸から時空間移動するにしても、体力的に難しい。

そして考えた末に、人の目を逃れるために自ら隠岐に流されるように仕向けたのだった。

流人といっても、隠岐では自由に生活をすることが許されるらしいから、昼間から学校創設に動き回れるだろう。そう考えてのことだった。


そうして完成したのが、儒学を中心に易学、兵学、医学まで学べる、未来から情報を得られる篁ならではの発想で造られた中世日本で最もアカデミックな学校であった。

その学校こそ、有名な『足利学校』なのである。

今では創設者は諸説言われている。

足利学校の中にある孔子廟には孔子と並んで小野篁が祀られているため、篁だと言う説もある。

しかし篁が関東に赴いたという記録が現在まで残っていないため、その信憑性は薄いと思われている。

篁には時間も空間も自由に移動できるということは、もちろん後世には知られていないのだから仕方が無い。

…………

「篁さまはこの島が嫌いか?」

「ん?あ、あぁ、いや。好きだよ。」

「なら、ここにずっと居てくれよ。おらが何でもお世話すっけん。」

島の若者は真剣な顔で言った。

「別に都が恋しいわけじゃないけど、俺にはまだやらなきゃならないことがあるんだよ。お前も一緒に連れて帰ってやろうか?」

篁にそう言われ男は少し戸惑った様子だったが、きっぱりとこう言った。

「いや、おらはこの島を捨てられねぇ。親のいねぇおらを島の人みんなでここまで育ててくれた恩があんだ。だけん、おら、この島の人たちの役に立ちてぇんだ。」

「そうか。それは正しい考えだ。今の気持ちを忘れなければ、お前はきっと将来大物になるだろうよ。」

「篁さま、この島にいる間にもっといろんな事を教えてごせ。」

「いいだろう。今日は何を教えて欲しい?」


この勉強熱心な若者は後に商売に成功し、島で一二の豪族になった。そして、流刑者としてやってきた篁にいろいろと教わったという恩を忘れず、その後も島に流されてきた者たちにも親切にしてやった。

そしてその心は何代も引き継がれていった。

隠岐が他の流刑地と違うところは、島民の人情であると言われている。


(この物語はフィクションです)

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